オタク夫婦の「○○が好き」

20代オタク夫婦の語り場です。漫画・映画の感想がメイン。特撮と世界一初恋とBANANA FISHもアツい。そんな夫婦です。

MENU

映画『ビブリア古書堂の事件手帖』について語りたい(妻も)

ビブリアについて。

発売当初に読んだきりなので、原作の記憶空っぽで観てきました。

夫に先を越されましたが、私なりの感想を。

以下、ネタバレですのでご注意ください。

 

 

 

 


切通のシーンについて語りたい』


主に過去編で使われていました。

過去編のヒロイン・絹子と、小説家を目指す青年・嘉雄が逢瀬を繰り返した場所です。

絹子が画面の左側(木漏れ日が降り注ぎ、明るい)から現れて嘉雄のいる画面中央(切通の岩の前、暗くはないが鬱蒼とした)に駆け寄る、という風にパターン化されていた印象があります。

ちなみに、画面右側の道の先はカメラで映されません。

絹子が「この道の先には何があるのかしら」的なことを言いますが、道の先に何があるのか明確に示されてはいませんでした。

切通のシーンは、嘉雄の心理描写として、過去と未来あるいは現実と理想を表現したシーンのように思えます。

左側が過去であり、理想。

右側が未来であり、現実。

みたいな。

絹子がやってくる左側はキラキラ眩しくて、先の見えない右側はなんだか薄暗い。

絹子への思いと将来の不透明さみたいなものが、リンクしているように思えません?

 


駆け落ちするシーンでは土砂降りの雨でした。

切通の岩の前でじっと待つものの、絹子は時間になってもやって来ず、諦めた嘉雄は画面右側へ消えていきます。

道の先、へ嘉雄は一人で行くのです。

小説家になると言いつつも認められない才能。

高等遊民と揶揄する親族たち。

勝手に進められる縁談。

絹子との未来を絶たれた嘉雄は、そんな暗澹たる現実と、そこから続いていく未来へ向かっていく……。

土砂降りの雨がより憂鬱な雰囲気を醸し出します。

なんとも〈らしい〉別れのシーンでした。

 


ちなみに、現代のシーンでも切通が出てくるのですが、そのときに登場するのが嘉雄の孫・稲垣です。

嘉雄が書いた小説についてモノローグで言及しながら現れるのですが、このとき出てくるのは画面右側からなんです。

孫(未来)の立場から、祖父(嘉雄の過去、若かりし頃の恋)について語るわけですから、なるほど!という演出です。

大輔でなく稲垣なのも良い。

嘉雄視点、ですから。

 

 

 

* * *

 


取り留めのない感じになっちゃいましたが、ひとまずこんな感じで。

一回しか観てないので記憶違いがあるかもですが、そこはご容赦ください。