『ごった煮』ーー「ルーゴン・マッカール叢書」第10巻、エミール・ゾラ著、小田光雄訳、論創社、2004年
を読みました。
フランス文学のうすぼんやりイメージとしては、当然『恋愛』だと思う。有名な「ファムファタール」もフランス語だし。
その『恋愛』のサブテーマとして、よく持ち上げられるのが『姦淫』なんだけど、このルーゴン・マッカール叢書10巻『ごった煮』は、
「日本人よ、これが不倫だ」と言わんばかりのアツい不倫物語になってた。
「いやー、このアパートメントにはそれはそれは品の良い方々しか住んでいないんですよ」という言葉から始まる物語だけれども……
登場人物は皆中流階級。なおほとんどクズの模様。
ヴァブル家
長女:ピアノ狂い
その夫(裁判官):家庭に嫌気がさして若い女を囲うも一度逃げられてアヘアヘマンになる。女中に手を出して、妊娠させる
長女一家の女中:出産した後、子どもを街角にポイーする
長男:病気持ち クソ女を掴まされて家庭がめちゃくちゃになる
次男:長男の結婚式の最中にお前妻に手を出したやろ!! と主人公に詰め寄って台無しにする
その妻:主人公と不倫
ジョスラン家
夫:事務屋さんをしながらも苦しい家計を内職で支える作中唯一の聖人。なお心労で死ぬ
妻:子どものために自前の婚活パーティを開いて家計を火の車にする。超名言あり
長女:娼婦系の女との間に子どもがいる男と結婚するつもり
次女:母の結婚に対する欲望を一身に背負って、結婚後は毒嫁化する。嫁ぎ先の店の金に手を付けたり、主人公と浮気えっちするところが夫にばれて、矢口る
長男:年増のおばさんと付き合うが最後にはもっと若いおばさんの姪に手を出す
次男:精神病
妻の兄:成金。酒癖が悪い。「真実の愛に目覚めた!」と純粋無垢な田舎娘を囲うも、甥とその子がえっちしてるのを見ちゃう
カンパルドン家
夫:腕のある建築家。妻のいとこと同居を始めてえっちしちゃう
妻:従姉と夫ができてるのに全く気付かない
妻の従姉:第二婦人とか呼ばれちゃう
ピション家
夫:公務員。影薄い
妻:超箱入り娘。主人公とえっちし、子どもができちゃう
主人公(オクターヴ・ムーレ)
同じアパートの住人3人と不倫しちゃうけど最終的にはデパートを切り盛りしてた未亡人と恋仲になり、経営者となる。その後未亡人は死ぬ
ざっと書いてみたが改めて登場人物のクソっぷりがわかる。
加えてここにそれぞれの家に女中がいて、その女中もほとんど娼婦上がりのようなヤバい連中で、盗みを働いたり、外で体売ってきたりととにかくすごい。
神様は19世紀フランスでは勝利しない
トルストイの『アンナ・カレーニナ』も姦通小説だけれど、結局は姦通した主人公アンナは神に許しを請いながら鉄道という近代装置によって裁かれるわけだけども、
この『ごった煮』の登場人物たちは姦通にお盛んでありながら、誰一人として神の裁きを受けず「色々あったけど、今日もアパートの住人たちは元気にやってます!」で終わる。
主人公に至っては、この後(直接的なつながりはないとしても)続編である『ボヌール・デ・ダム百貨店』では大成功をおさめ、しかもよくない女癖を洗い流してくれる女神と再婚してハッピーエンド! で終わるわけだから近代化によって神を忘れ姦淫しまくる連中に裁きを加えることもなく終わってしまう。
アパートの住人の面倒を見ている神父さんが要所要所に登場するわけだが、その神父さんも「私はどうやってこんな好き勝手やって神のことを無視する連中を導いたらいいんでしょうか……」と弱気になり、最終的には「もうあきらめたろ!w」と匙を投げてしまう。
なんともかわいそうな神父さんである。
そして強烈な名言
(前略)金さえあれば、人から尊敬されるのよ。私は憐れみを受けるより羨ましがられたほうがいいの、二十スーしか持っていない時でも、いつだって四十スー持っていると言ってきたのよ……(攻略)
449-450P
これはジョスラン家の妻の名言。次女が不倫してたのをその夫がバラしに家に乗り込んできて、狼狽える夫に向けて「どれもこれもお前が悪いんじゃ!!」言い放ちます。(その後心労で死ぬ)
この言葉を信念に妻は今まで生きてきて、それが次女にも100パーセント受け継がれていく。(そして店のお金に手を出したり、借金したり不倫する)
この母ちゃん、娘の結婚に際する持参金も「積み立てちゃってるから今はない」と言い切って次女を結婚させます。(もちろん嘘)
ゾラが書きたかったこととは?
アパートの所有者であるヴァブル家三人の父親が死んだ時も、残された三人はアパートをめぐる遺産相続で悲しむよりももめにもめます。結局、博打に費やしちゃってて何にも残ってないよ☆というオチではありますが。
また、主人公と浮気えっちしちゃう二人はそれぞれ小説本だったり、ペンダントや帽子だったりを主人公からプレゼントされてから段々とそういう関係になり、最後には姦淫してしまいます。
「物」が人の死を悲しみなさいよ、だとか、嘘をついてはいけません、だとか姦淫するなよと言った「人間として守るべき規律(≒神の教え)」を越えて悪事に走らせてしまうというが、ゾラがこの物語で書きたかったものかもしれません。裁判官だったり、建築家だったりと、尊敬されるような仕事についているにもか関わらず基本中の基本の姦淫するなも守れなくなってしまうわけです。
そして、「物」の優位性が頂点まで突き詰められるのが次作、『ボヌール・デ・ダム百貨店』なわけですね。
『ボヌール…』に続き、いえるのは、19世紀フランスを舞台としていても、我々21世紀日本に住む我々の身近に潜む案件が題材となっているよということです。
ゾラ『ごった煮』かなりおすすめです。長いけど笑
続編のこっちも読んでますので、ぜひ。